上三区揚水機記念碑

Go Index 日本の川へ戻る 鳴瀬川へ戻る 上三区用水樋管へ戻る Last update 2004/03/14


記念碑
和多田沼江用水路は藩政の頃耕作関係者の開鑿せるものにして明治廿二年壹千余圓の工費を以て取入樋門の改造をなし同四十一年水利組合法の公布に依り其の業務を移管し今日に至れり 此の間鳴瀬川治水事業の施工により河床著き変化を來し樋門流入の水量を減じ年々堰棣工事により辛じて四百廿余町歩の灌漑をなし来れり然るに粒々辛苦の堰棣工事も一夜出水に遭うや瞬時にして流失し反復施工数度に及びしこと尠からず 茲に於て揚水機関に據るべきを感じ昭和十一年之が実現を企図したるも成らず翌廿二年水害復旧工事として五拾萬圓を投じ中聖牛一八基を敷設水量の増加を図りたるも遂に見るべき成果なく再び揚水機を設置すべき根本的解決の議を起し関係當局に對し真摯猛烈なる運動を重ねし結果幸にして積雪寒冷單作地帯進行臨時措置法の適用を受け總工費五百七拾萬圓を以て昭和廿七年二月廿日起工式を擧晝夜兼行工事に邁進四〇馬力七〇〇粍軸流ポンプの設置と岩盤掘鑿用水壁の補強等附帯工事を仝年五月丗日竣功するを得り斯る成果は組合負の熱誠の顯現にして積極果敢犠牲的なる協同精神は化して慈恵の用水となり永えに美田を潤ほすならん 其の竣成を慶び叙して記念と爲す
 昭和二十八年九月三十日

鳴瀬川23k2付近左岸、旧上三区揚水機場
(遠田郡小牛田町不動堂)


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