城南干拓開拓史の碑

Go Index 日本の川に戻る 木曽川水系に戻る 揖斐川に戻る Last update 2006/10/22


三重県桑名市福岡町

城南干拓開拓史の碑
  桑名市長水谷喜治書

(裏面)
 この地は、安政四年の大津波以来荒地として放置されて いたが、太平洋戦争後の食糧難を克服するため、食糧の増 産を目指し、昭和二十一年城南干拓事業として着手され、 総工費二億円余と苦節十一か年余の歳月を費し、昭和三十 二年度に完成した。入植者七十名は城南開拓事業協同組合 を設立し、昭和三十年から三か年にわたり、干拓地の農地 宅地・道路・用排水路の整備及び住居の建築等に専念した
しかし、僅か二期の収穫後、昭和三十四年九月二十六日伊 勢湾台風による大災害を被り、九仭の功一気に失い、男女 合わせて五十五名の尊い人々の命が奪われた。入植者は、 家族近隣から多くの犠牲者を出し、被災地において、仮設 住宅で生活すること約二か年、苦難と心痛を乗り越え、災 害後三か年の短期間に、復旧を成し遂げた。現在この地に 居住する私達は、ここに城南開拓農業協同組合を解散する に当たり、御尽力を賜った国・県・市及び、先輩諸氏の御 労苦に感謝すると共に、犠牲者の御冥福を祈り、城南干拓 地の益々繁栄の礎として、この碑を建てる。
  昭和五十四年四月吉日建立

伊勢湾台風による犠牲者
(略)
入植後没した者
(略)
建立者
(略)


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