三松正夫

Go Index Back Last update 2001/11/14




 昭和新山は昭和十八年暮れから二十年九月末にかけのどかな麦畑とフカバ部落を持ち上げ四ヶ月の爆発期を経て溶岩塔推上という珍しい現象を伴ってこの地に誕生した
 時は第二次世界大戦末期の混乱下にあり厳しい報道規制が敷かれ火山学者の十分な調査研究さえままならない頃であった
 この様な中にあって地元の壮瞥郵便局長三松正夫(一八八八 一九七七)は明治四十三年の有珠山噴火体験時に受けた学者の教えを想起し この火山活動を歴史の空白にしてはならないと 冷静な観察眼で創意工夫と努力想像を絶する苦難を重ねて火山誕生の経過を語る貴重な資料を世に残された
 更に敗戦の混乱の中 この新山を荒廃から護るため私財を投じて主要地域を購入
 万民の宝として保護に死力を尽くされ今日迄我々に自然のあるがままの姿を残された
 翁の私利私欲を越えた行動の意味を後世に語りつぐためにこの像をここに建立する
  平成三年十二月二十八日
  昭和新山生成五十周年記念事業実行委員会
   壮瞥町長 菅原俊一謹書


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