高城川トンネル説明板

Go Index 日本の川に戻る 宮城県内の川に戻る 高城川に戻る Last update 2003/08/17


高城川トンネル出口に設置された説明板



高城川

高城川水系の源は、黒川・志田郡界の戸口山であり鶴田川と呼ばれる。
さらに新堀川などの支川を合わせ品井沼干拓地を貫流、吉田川をサイフォンで横断する。
サイフィンからは河川名を高城川に変え南流、高城山トンネル(明治潜穴)を通過したうえ松島町高城で松島湾にそそいでいる。

高城川の特色
1.高城川は、人工的に開かれた河川です。
2.全国でも数少ない水路トンネル(1,309m3条)を持つ。
3.河川と河川が立体的に交差するサイフォン(L=200m)を持つ。
4.遊水地(品井沼遊水地)を持つ。
5.潮の満ち干きがサイフォンの上流まで影響します。
6.同一の流路で鶴田川・高城川の二つの河川名を持つ。
7.秋から冬にかけて、鮭がのぼります。

河川概要
流路延長 7.4km (鶴田川を加えて24.7km)
流域面積 29.8km2(鶴田川を加えて139.6km2)
河床勾配 1/4000〜1/5000



品井沼と高城川の歴史
元禄6年 1693年 元禄排水路の工事始まる
元禄11年 1698年 元禄排水路完成 延長7,398m
1731〜1851年 6回にわたり排水路の改修を行う
明治22年 1889年 新排水路を作るための品井沼沿岸組合の結成
明治39年 1906年 明治排水路の工事始まる
明治43年 1910年 明治排水路完成 延長6,926m
大正6年 1917年 品井沼干拓者入植
昭和15年 1940年 吉田川サイフォン完成
昭和28年 1953年 吉田川拡幅工事完了する。
昭和53年 1978年 宮城沖地震により明治潜穴崩壊
昭和55年 1980年 干拓事業完了
昭和56年 1981年 明治潜穴復旧



品井沼の変遷

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元禄の工事(元禄排水路)

排水路の目的
品井沼の水を松島湾に排水し鳴瀬川からの逆水を防いで水害をなくし新たに水田を開くため。

排水路の規模
北部平堀 元禄潜穴 南部平堀
長さ 1,754m 2,578m(2本) 3,065m
27〜54m 3.6m 18m
深さ 2m 2.4m 1〜2m


明治の工事(明治排水路)

排水路の目的
元禄排水路は機能を保つことができなくなり,品井沼の干拓地が,毎年のように水害が続いたことと,新たに水田を開くため。

排水路の規模
北部平堀 明治潜穴 南部排水路 南部平堀(高城川)
長さ 2.183m 1.309m(3本) 407m 3,027m
15〜18m 6m 20〜40m 20〜100m
深さ 4m 4m(高さ) 4m 4m


昭和の工事(吉田川サイフォン)
吉田川サイフォンの目的
品井沼の湛水による被害を軽減し,さらに干拓を促進するため,品井沼から吉田川を引き離すと共に,沼に集まる水を高城川に排水するため,吉田川を横断するサイフォンが計画された。サイフォン工事は,昭和15年(函体長103.8m)完成。その後,吉田川の断面拡巾により現在の函体長は200mとなっている。

昭和の工事
高城川トンネル(明治潜穴)の改修
昭和53年6月12日の宮城県沖地震により,潜穴の下流側600mが3条とも崩落,放置すれば品井沼干拓地一帯に支障をきたすだけでなく,トンネルとしての存立が危ぶまれたが,永久構造ともいうべきコンクリート巻立てにより,昭和56年に復旧している。


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