Last update 2007/01/15
康熙21年(天和2年(1682))9月25日〜乾隆26年(宝暦11年(1761)) 青年期に中国に留学し風水地理学を学ぶ 帰国後政治家として才能を発揮 1728年三司官となる 1735年羽地川改修を指導する 治水論「順流真秘」を著す 名護市のヒンプンガジュマルの樹下にある三府龍脉碑(原碑は西暦1750年建立)は、風水地理の観点から首里城から名護への遷都や本部半島の付け根を横断する水路の開削を否定したものである
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